今回はウクライナ情勢についてのお話しをしたいと思います。
まず、事の問題は歴史から紐解くのが一番ですので、東西冷戦後のウクライナ情勢から簡単に振り返ってみましょう。
ウクライナは1991年のソ連崩壊とともに独立。歴史的にポーランドとロシアの双方からの支配を受けてきたため西部は欧米寄り、東部はロシア寄りの傾向がもとからありました。 今日の緊張は2004年ウクライナ大統領選挙の結果に対しての抗議運動「オレンジ革命」以降顕著になり、冷戦が終わって米国が世界の覇者となっても一部国家では反米指導者が政権を握っていました。 これらの国々が結束して反米連合を作ることを阻止するため、米国は諜報機関を使って各国で似非民主主義運動を焚き付け政変を画策します。 特にソ連の影響が残っていたユーゴスラヴィア、セルビア、グルジア、キルギスで草の根運動ならぬ「人工芝運動」に多額の資金を投じて大きく展開させます。 これによって起きた一連の政権交代は「カラー革命」と呼ばれました。 ウクライナの「オレンジ革命」もそのひとつです。 その後、これらの運動の背後でハンガリー系ユダヤ人の投資家、慈善家ジョージ・ソロスが主宰する「ソロス財団」の関与など、反米政権に対する民主化ドミノ(政治体制親米化)を起こさせたかった米国務省やCIAの意図が明らかになっています。
なかでも米国の意向を受けて暗躍していたのが、非ウクライナ人のユーリヤ・ティモシェンコです。 彼女は美貌の政治家として「オレンジ革命」のアイコンになり、政変後自ら副首相兼首相代行に収まります。 しかし、ティモシェンコはロシアからウクライナへの天然ガスの最大の輸入・卸売業者で、ウクライナで随一の保有財産を持つ資産家だったことから二重スパイと見られていました。 これにより政府内で内紛が勃発。 2010年には、大統領選挙にてヤヌコーヴィチとティモシェンコが激突し親露派ヤヌコーヴィチが勝利しました。 翌年、ティモシェンコはガス資源に関する汚職行為でウクライナ警察に逮捕されています。 そして2014年、再び作られた「人工芝デモ」によって、親露派大統領ヤヌコヴィッチが追放されます。 そして、この直後にロシアの重要な軍事基地があったクリミア併合が起きました。
続く
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